我聞14-2

もうひとつの純粋培養とは

神は、実に巧妙な方法で僕を導いてこられたなと思う。
僕を純粋培養して、今日現在にもってこられたということ。

これは最近になって知ったことですが、高橋信次先生のあれだけの霊的現象の中で、たくさんの人たちが正法に帰依しました。
小さな宗教団体は団体ごとGLAに帰依やったのです。だからものすごい勢いで拡がっていった。
しかし終わりの頃に信次先生が、娘さんの佳子さんをミカエルだとたてられたのです。
皆で、ビバ・ミカエル、ビバ・ミカエルとわぁ~とあげてしまって、おかしくなってきたのです。
そのような中で高橋信次先生について本当にやってきた上の人たちを軽くあしらい、GLAの中はすごく混乱したらしい。だからGLAは信次先生が亡くなった時は宗教上まれにみる分裂だったらしい。


普通の宗教は皆、金を集めて金まみれになってしまいます。
丁度、国会議員に秘書がつきます。秘書が口をきいて政治献金をさせ、自分もふところに入れてという、こういうプロがつくのです。金まみれになって金で心を失っていくのです。

霊能力を金儲けにしていく専門家が僕につかなかった。
近づいて来なかった。有り難いことやったと思っています。
そういうプロの人がついて金まみれになってしまったら、建物も大きいですし、皆も転げまわってついてくる。しかし金まみれで心は滅茶苦茶になります。
「このグループ」というものは宗教産業化から守られた。そんなプロみたいな人を神が寄せつけなかったからです。

「しかも、何でこんなに少ないのですか?」と神に尋ねたのです。
そしたら縁のない者はドンドン去って行く。選って選って、ふるってふるわれている。
特に現世利益などという問題だけで来たら、お蔭だけもらってすぐに去って行く。

私のもとに来る者は、私の教えによって魂の修行を果たし、その仏果を自分のものにする。
これが本来の正法と違いますか?
そして心の貧しい者には私を見て、自らが見る分しか私からは得られない。とおっしゃっています。
易者と見る者には、易者の分しか得られませんぞ。
安直でいくらでも使い走りしてくれる霊能者と見たら、それで終いです。
現世利益を与える福の神やと思ったらそれまでです。僕から去ったら福の神も去って行くのです。
また理想の男性だと思ったら、そこで終ってしまう。
仲間と思ったら、その分だけしか得られない。
友達と思ったらその分だけです。

ところが本当に行に精進して精進して精進しても、追いつけなかった。という本当のものが解かったとき。
どれだけ精進しても追いつけない。先生の法の十分の-も、百分の一もよう説かない。人を納得さすことが出来ない。とわかったら先生が何者であるかを知るだろう。とおっしやいました。

皆さんが私に応えてもらうのは、私とあなた方は親と子の関係やから、先生のお蔭でこのように良くなりました。こんな心に変ってきました。ということです。それしか私に対しての恩返しはないのです。
子供が親に対しての恩返しは、自分たちがよくなることでしょう?
お金を持ってくることでも何でもない。
それほどの本まものに対して、あなた方は何をもって接しているのか?ということです。
心得違いをしていませんか。


この一生で、ひとつでも自分を変えて下さい。
そのために最後の死というところまで、神さまが猶予して下さっている。
主人が死んでも、妻が死んでも、夫とは何か?死とは何か?自分とは何か。
考えざるを得なくなってくる。
人生とはいったい何だったのか。
最後の最後まで神さまはそのチャンスを与えるために、苦のいっばいある世界に、あなた方を生かしておられるのです。

 
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