我聞19

淡輪のズベ公の奇跡


大阪の阪南にいたズベ公は、男親のないままにしたいほうだいに暮らしていた。男を男とも思わない、人を人とも思わず、人に迷惑をかけることも気にせず。
ところが母親がともなって私に指導をうけにこられた。私はその女性に奈良の内観道場をすすめたところ、私の言葉を素直にうけて一週間の反省内観にいってこられた。

結果女性の心に大きな変化がおきた。自分の気持と人さんの気持が余りにも違うのでびっくりされた。「気を入れて、心を入れ替えますわ」と涙ながらに私にいわれた。そして淡路の旅館の女中奉公に入って新しい人生をスタートされた。

その甲斐あって地元の人に見初められ、ある男性と結婚した。
そして初めて妊娠されたとき、その女性から電話がかかってきた。
「先生、私みたいに悪の限りを尽くした女が、五体満足の子が生まれるやろか?先生、助けて」といってきた。
「心配せんでええよ。あなたは正法に目覚めたんや」玉のような女の子が生まれた。そして又次の子が生まれた。人生が幸せそのもののように思われた。

しかし反省というものは、しなかったらまた元に戻ってくる。そしてふしだらさと無責任さがだんだん出てきた。
「あんた、この家も小さいし、親元へ行って遺産相続やいうてお金もろておいで。家建てかえよ」と夫にせがみ、ついに親元にいうて遺産分けのつもりで金をもらい家を建てかえた。
そのとたん元のズベ公がでて、500万円の衝動買いをし借金した。「何とかなるがな」と無茶苦茶をいう。「もういっぺん親元へ行ってきたらええねん」

そしたら、その夫は気が小さいものだから前途を悲観して納屋で農薬のパラコートを飲んでしまった。劇薬です。これを飲んだら最後、胃も腸も焼けただれてしまい、気がついても、のた打ち回って死んでしまう劇薬です。

はじめてその女はびっくりして「先生助けてください!うちの主人、死んでしまう!」「本当に主人を助けたいのか!」
私は霊的に、緊急入院した病院のそばに神社があることを知って、「こうこう行ったところに神社がある。その神社で「全部、私が悪いのです。だからどうか私の命と主人の命を振り替えてほしい。私が悪いのやから、私が死んで当たり前なんやから、とお百度をふんで祈ってきなさい!」と指示した。

次の朝、彼女から電話があり「まだ症状が変りません。意識不明のままです」
そこで私は「どのように言うて祈りましたか?」「あのー」
「本当のことを言いなさい。神さんは知っておられる。どのように祈りましたか?」「もう一度やりなおさせてほしい・・」
「馬鹿もん!私はあなたにそのように祈れと指示しましたか?神さんはその汚い心はお見透しだ。そんなものであなたの願いや祈りが聞きとどけられると思うのか!なぜ自分が悪いのだから、自分の命と主人の命と引き換えてほしい、と頼まないのだ」と電話を切った。

しかし子供には何の罪とがもない、可哀想や。子供のために私はあることをした。そしたら無傷で退院した。
もともとは気の小さい男です。慢性的に胃潰瘍と肝臓を少し傷めていた。その胃も肝臓もすべて跡形もなく全部まっさらにして帰ってきた。

その後私のところへ二人でやってきた。
「どうして助かったか知ってるか?」「知りません」「思い出してみなさい」
「医者も看護婦も薄情ですわ、脈を計って”まだだ”というて手をほりよりますねん」
「当たり前だ、お前は死んでたんだ。よく聞きなさい。人間の能動的な機能が働かなくなっても、受動的な受ける方の機能は残っているのだ」といってやった。

「さあ、次に何があった?」「先生なぁ、無数のイタチが現れて、私の身体を取り囲み、身体に噛みついて振りちぎち、恐怖で暴れまわっていました」
これも事実で、それは自殺者のいく世界です。自分でパラコートを飲んで、運命から逃避した自殺者の地獄を味わわされたのです。

「それから何があった?」「他に何もありません」という。
「何かがあったからこうして退院できたのだ。お前は奇跡をもらったのだ」
いくらしても思い出せなかった。

仕方がないのでヒントに「じゃ、命の水は?」というと、「ああ、思い出した。ベッドの下をゴーゴーと水が流れていて、(この水を飲むと助かる)とわかるのだが、いくら手ですくってもすくえないのです」
「命の水って何か知ってるか?三次元では水は液体だが、あの世の水は気体(ガス)で、手に乗るわけがないのだ」
さあ、そこまで思い出した。もっと思い出せ。二時間が過ぎた。

ある瞬間、「何でこんな大事なこと忘れてたんやろ。漁師と一緒に網を引いてました。そしたら網に魚がかかり、その魚二匹を白い服を着た人にもらいました。その魚を口に近づけると水になり二匹飲んだ」
「お前たち全然知らないだろう?お前はイエスに導かれて2000年前のイスラエルへいったのだ。お前が行ったところはガリラヤの海と呼ばれる湖だ。そこで網を引いた。ピーターフィッシュという灰色のフナのような魚がいる。それを二匹もらったのだ。


ピーターフィッシュ彼はその時代にタイムスリップして、イエスからその魚をもらい二匹の水を飲んだのだ。イエスの紋章はピッセスといい二匹の魚である。キリスト教の教会の紋章でもある。
西暦1~2000年間を西洋占星学では双魚宮(ピッセス)の時代という。


「あなたは2000年前に連れていかれた。そいうことがない限り、無傷の奇跡がおこるはずがない。ちなみに、どこの医者でもいいから聞いてきなさい。パラコートを飲んだ人間が胃潰瘍も肝硬変もなおって帰ってきた。有りうるかどうか。ならば神からいただいた新しい生命をもってこれからどう生きるか?それが今後の君の課題だ」といってやった。

女性には「これで助けたけれど、今度、あなたが同じことをしたら、私は知らんぞ」といっておいた。

しかし、この奇跡をうけたにもかかわらず、その後またまた妻の懲りない乱行から主人は胃ガンと肝臓ガンを併発して亡くなった。
「またやりよった!」哀しいかな人間は助けてあげても、助けてあげても自分で堕ちていくのか。これを無明というのだろうか。

 

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