我聞4-2

ファイシン・ファイ・シンフォーとして中国に転生


全てのものは滅びゆく、滅びゆく命のゆえに
今ある命を、燃え盛らさなければならぬ。
持ちたる者は、奪われることを恐れるが
無一物の吾に、何ぞ恐れあらんや。             


今から1200年ほど前、長安の都に青龍寺という寺があった。今もあります。
当時の中国・唐は仏教の新旧交代の爛熟期にあって、中国の密教の法灯は、最澄、空海によって海を渡り日本で栄えるのに対し、中国での密教は衰退の一途をたどり、空海に密教を授けた恵果亡きあとの青龍寺にいたファイシン ファイ・シンフォーは寺を去る決心をした。

知で法を学び護摩壇を設け、護摩を焚いて祈祷する密教の世界、そこで私は何を得たというのだろうか。何を学び、何を悟ったというのだろうか。それよりも悟りとは何か。一点の疑問ももたず、一心不乱に護摩をたき祈祷する仲間たちを顧みて、自身の精進が足らないのかとも考えてみた。

それよりもなお疑問を抱かざるを得ないのは、それもこれも元は同じ釈尊の教えにもかかわらず、様々な宗派や宗門に分かれ、相争う不思議さである。
根幹を見失って、一枝一葉の枝ぶり葉ぶりを競いあうに似た、宗派や宗門のおごり昂ぶり独りよがり、その雑踏のなかにいて本当に彼岸が見えてくるのだろうか。悟って大悟するのだろうか。

シンフォーは豪壮な寺院や大伽藍の中にいて、高い座から見下ろして最大公約数の教えで人を導く宗教の概念をすて、家や名誉や地位すらもすて路傍の地蔵に任じ、人びとと同じ目線や立場にたって、一人一人をわが子わが事のように救おうとする道を選んだ。
そして、中国全土を歩き最後は北鮮までいった。


ある日シンフォーが川のほとりを歩いていたら、一人の老婆が川の中州で足の骨を折り助けを求めていた。
シンフォーは僧衣をぬぎ、中州にいた老婆を助けて土手に運び、しばらくして草をもってもどってきた。
草を石でたたいて汁を老婆の患部につけ、軟らかくなった草で巻き、添え木でささえて老婆を村まで送っていった。
その時に救った老婆が、今世の私の母となって私を生んでくれた。

母親も死が近づいたころに気がついたのか 、
「お前は、あの時の坊主やなぁ。私が大きな川の真ん中で足の骨を折ってな、『助けてくれ!』 いうても誰も助けに来よらん時に、煮しめたような汚い服をきた乞食坊主が、『おばあさん、ちょっと待っとれよ』と川まできて上げてくれた。『待っとれや~』というたまま帰って来よらんから、わしをほって逃げてしまったのかと思ったら、葉っぱやいろいろのものを持ってきて手当てをして、わしを村まで連れて帰ってくれた。あの時の坊主なぁ・・」と、ハッキリ言いました。


またある日、道を歩いて村にきた。
宋という名の村長の家の前を通ると、その家の嫁に出会った。
彼女の善意で 「どうぞお坊さん、一晩の宿を」 と嫁の計らいで風呂に入らせてもらい一息ついた。
「お坊さん、せっかくですから小作人の人に法を説いていただけますか?」
それを快諾した。小作人は貧しいので、それぞれが野の花を一輪もって献花し話を聴くことにする。
そこでシンフォーはその花を指さして 「この花はなぜこのように美しいのか、知っていますか?」
「この花は自らが美しくありたい、美しく生きたい、美しく装いたいと願う、花の一筋の思いのゆえに、このように美しいのだ。だから誰でもこの花のように、自らの心を美しく装いた
い、自分の一生を美しく生きたいとする一念さえあれば、この花のようになれるよ」 と教えた。
これがファイシン・ファイ・シンフォーの道徳だった。
だからそういう思いの生き方こそ、自らの人生に美と品位人格をもたらすのだ。

そして、中国に生まれた時に世話になった、その宋家の嫁に今世も出会った。
今世は今井さんという人の嫁さんになっていた。出会った時はもう全身ガンだった。その世話をして最後まで付きあった。
私は過去世を思い出して 「あの時に着ていた紫の支那服、よく似合ってたなぁ」
「やっぱり、そうでしたか。私、香港へ行ったときに、紫の支那服と支那服着た人形を買ってきました」
「私はあの時に一宿一飯のお世話になったものを、あなたの死まで付き合うようになった
なぁ、成仏するのやで」 と別れました。
その嫁こそ、いま創業200年の老舗、道頓堀の今井のうどん屋の弟の嫁さん、37歳の今井幾子さんだった。

   
 


諸行無常 是生滅法 生滅滅己 寂滅為楽
もの皆、止まることなし、これ生の滅に至るならい。
生滅の尽き果てて、しじまを楽しみとする。


人は人生の中で骨を砕き肉を裂くような体験があって初めて、平凡な諭しにも意味が深められていく。
わずかな努力を惜しみ、最大の効果だけを期待する怠慢な心では、平凡な諭しだけに自分勝手な解釈をし誤解したりする。
要は自分の努力にかける熱意の深浅が、悟りの命を左右するなら、自然がありのままに真実を語るのに、五官を具えた人間がこの事実を感得できないのなら五官は無用である。

ファイ・シンフォーは禅に耽り、深い思索の知恵を働かせた。
釈尊は師によって教えられ、悟り得たのではない。
釈尊は瞑想のなかで宇宙大自然と対話し、広大無辺な悟りという宇宙観を得たに違い
ない。
そして、その広大無辺な宇宙観から様々な真理がひもとかれ、その真理が後の世に八万の宝蔵として弟子たちに編纂され、阿含、華厳、方等、般若、法華経と完成され、根幹をなす宇宙から一枝一葉におよぶ真理の体系を明らかにならしめたに違いない。


ファイ・シンフォーは思う。
私も初心に帰り、寺を出て中国の大地を遍歴し、人を師とせず自然を師として、自分の疑問の何かを求め、その何かのためにあてなき旅に出よう。


「御仏よ、私は今すべてを捨てます。全てを捨てることによって得る何かのために、何かを探し求めるために、果てしなき旅に出ます。御仏よ、吾を風にて誘いたまえ、水にて導きたまえ、吾はその導きに従い、風に舞う木の葉のように、水に流れる藻くずのように、吾を捨て吾を止める師なるものに突き当たるまで、吾は御仏の御心のままに各地を放浪します。」

ファイ・シンフォーは中国各地を遍歴し、時として大地に伏し、夜に瞑想し、宇宙を舞い、昼に大自然に包まれ端座して、生かされ生きる吾を見詰めて離さず、来る日も来る日も、土地こそ変われ吾変わらずに行に専念し、宗教とは何か、生きるとは何か、死するとは何か、人間とは何か、親子とは、夫婦とは、修行とは、悟るとは、繰り返し、繰り返し、繰り返し、瞑想のなかで反芻するも、しかとした答えは出ない。
私は答えのない世界に迷っている。そして、その世界が私の死の終わりまで延々と続くのではなかろうか。

ファイ・シンフォーは神仏に問いかける。
しかし、彼の問いかけに対して何の反響もなく、空しく天にこだまし、寄る辺なき孤独の空しさは心引き裂いて止まず。
『正しく解脱に従わば、寂然として滅に帰さん』 佛の言葉である。
しかし、今私は迷いに迷っている。人は何か、生とは何か、ファイ・シンフォーは自らに問いかける。
死を考えず生きる人は生きる意義を見失い、死を考えて生きる人は生きる価値を見出そ
う。
ファイ・シンフォーは、生まれる時にすでに約束された自らの死について考える。煩悩や我執や欲得を超えた人は、そのまま仏なりと。

「御仏よ、吾ここに一塵をもって大法輪を点じます。吾を導きたまえ、愚かなシンフォーをお導きください、おさとしください。吾はこれより一切の居食住を絶ち、たとえ命が終わろうとも悔いはありません。それからのファイ・シンフォーは、一夜の宿もとらず、一切の食を断ち、大樹の下に座して瞑想三昧に耽った。

ファイ・シンフォーの肉は落ち、意識はもうろうとするとき、光が現れて
 『汝 地蔵となれ!』 
誰も地蔵を行ぜざる限り、成仏計り難し。

人はすべて自らの業のままに、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人界、天界、の六道を果てなく流転し、自らの心の内なる地獄をさ迷うものだ。
ゆえにこそ、人は人生のなかで骨を砕き肉を裂く人生の体験を味わうのだ。しかし、人はその体験あってこそ、はじめて平凡な諭しにも意味深く、それを受け取ることができる。

汝、今より地蔵となって、人のうちなる地獄を遍路しなさい。地蔵、地の蔵、いわゆる人のうちなる心の地獄。このなかに六心をもって救済しようとする、仏のすばらしい心があります。


六道とは。

地獄界  恨み、憎しみ、そねみ、ひがみの心
餓鬼界  欲望のゆえに自己を見失っていく地獄
畜生界  義理、人情をわきまえない地獄
修羅界  自我のかたまりで、意に逆らえばすぐ怒って人をも我をも地獄へ
人界   朱に染まれば紅くなる、の例えのように、浮世定めぬ運命の中に
      コロコロ変わる人の心
天界   ちょっとうまくいけば自分が偉いと錯覚し、悪くいけば人のせい 
      にする心

このような、人の内にある心の六道に分け入っていく。
そして、その人を助けていく中で自分が悟っていく。
人の六道をまわって、自分の六道を発見していく。
人の六道は客観的だからよくわかります。
わかるがゆえに、その六道に迷う人の哀れさや、空しさというものを知っていきます。
そして、自分を六道の輪廻から解脱させていきます。
人を救わんがため、自分をも救っていきます。
これが『地蔵の行』であると、佛がいわれます。
それからのファイ・シンフォーは、人助けというものに専念していきます。
人を見下ろす世界から、見上げる世界に変わっていきました。


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