我聞5-3


阿弥陀の教え

 
 お釈迦さまが西方浄土におられる阿弥陀さまの世界、極楽のことを弟子の舎利弗に紹介しておられるお経が阿弥陀経であります。


仏説 阿弥陀経 

如是我聞 一時仏在 舎衛国 祇樹給孤独園 爾時仏告 興 大阿羅漢 衆所 長老舎利弗 是西方過 十万億仏土 有 世界 名日 極楽 其土有 仏号 阿弥陀 今現在 説法舎利弗 彼土何故 名為 極楽 其国衆生 無有衆苦 但受 諸楽 故名 極楽・・・ 

(解説)

我かくの如く聞く。
一時、仏、舎衛国の一人菩提樹の下に座して、仏はこのように告げられた。
1250人の弟子たち皆ともに、アラハンの悟りを得た人々や大衆を前にしていわれた。

シャーリプトラよ、
これより西方にむかって十万億を過ぎるところに仏の国があって、その世界には極楽と名づける国土があり、そこに号を阿弥陀と呼ばれる仏があって今現在も法を説かれている。

シャーリプトラよ、かの国土をなぜ極楽というか? 
その国の人びとは衆苦(人々が持つ諸々の苦)を、諸楽(人生のエッセンスとして、生きる張り合いや生きがいや、生きる楽しみ)として受けるがゆえに、極楽と名づける)と締めくくられている。衆苦を諸楽として受け止めて生きる、生き方をいう。

だから私たちも、人生や運命のなかに受ける諸々の苦をエネルギーの基ともいうべき根性と辛抱と我慢でしっかり受け止め、それこそが人生の色づけであり、生きるエキスであり、生きる張り合いであり、生きがいであると受け止め、挑戦する。
それを生きる楽しみとして受けることができれば、あなたはこの苦をいつか乗り越え、この世の極楽を味わうことが必ずできる。これを陽気暮らしという。

また、今ひとつの方法はこうである。
人間の思考はレーダーのように一つ方向にしか向かない。だから心配もそのための配慮もよいが、そのために心を崩さず、殺さず、落ち込まず、いつの日も希望を捨てず、切りぬけ開かれることを信じ疑わず、勇気を出して、希望の光に向かって突き進むことだ。



 
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